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東京地方裁判所 昭和33年(行)132号 判決

原告 東京神田青果株式会社

被告 農林大臣

訴訟代理人 板井俊雄 外四名

主文

本件訴はこれを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

当事者双方の申立並びに事実上の陳述は原告訴訟代理人が原告の本件処分に対する訴願は昭和三十三年九月二十九日付で却下された旨陳述した外は別紙記載の通りである。

証拠〈省略〉

理由

原告会社が、青果物及びその加工品の売買及び販売の受託等をなす株式会社で、昭和二十三年一月一日中央卸売市場法第十条により東京中央卸売市場神田分場における青果物及び漬物部の卸売業者として被告より許可を受け、その業務を継続していたものであること、被告が昭和三十二年九月二十日付で同法第十条の六第二項第三号により原告に対し右業務許可取消の処分をなしたこと及び原告が昭和三十三年九月十五日被告に対して右処分取消の訴願を提起したが、同年同月二十九日付で右訴願は却下されたことはいづれも当事者間に争いない事実である。

右認定の事実関係によると、原告が本訴において取消を求めている被告の処分は、昭和三十二年九月二十日になされたものであり、これに対する原告の訴願は、訴願法第八条の規定による期間を経過した後である昭和三十三年九月十五日に提起され、この訴願に対しては却下の裁決があつたのであるから、原告の本件訴は適法な訴願を経由したものということはできない。

原告は、右訴願裁決の有無にかかわりなく、本件訴は訴願裁決を経なかつたことにつき次のような正当な事由があると主張する。即ち、「本件業務許可取消処分の際、農林省及び東京都の当局が原告に対し、業務取消後における原告会社の旧債務は農林省及び東京都が責任を以て処理する旨言明したので、原告はこの言明を信用して、本件処分に対しその処分当時においては敢て抗争しなかつたのであり、本件処分は右当局者が言明した事項を履行することを前提としてなされたものである。しかるに、その後、右言明されたことは何ら実行されなかつたので、原告はやむなく本件処分につき抗争せざるを得なくなつたものである。このように、処分庁が自ら処分の際に言明したところを実行せず、結果的には、原告を欺罔して訴願及び行政訴訟の出訴期間を徒過せしめたものであり、このような事情の下において、しかも訴願裁決庁が処分庁自身であるというような場合においては、訴願を経ずに訴を提起すべき正当な事由があるものというべきである。」と主張する。

しかしながら、訴願裁決庁が処分庁であるということ(従つて、かりに訴願を提起しても、原処分同様の判断でもつて訴願を認容される余地はないと原告は主張しようとするものと考えられる。)を以て直ちに右正当事由とすることはできないし、又その他右被告主張のような事実、或はこのような事実に加えて右訴願裁決庁と処分庁の同一という点をも考え合せてみても、本件訴を提起するにつき行政事件訴訟特例法第二条但書にいわゆる正当な事由がある場合に当るものということはできず、その他右正当事由があることを認めるに足るべき主張立証もないから、原告の右主張は採用し得ない。

そうすると、本件訴は、行政事件訴訟特例法第二条の規定に違反する不適法なものという外ないから、これを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条に則り、主文の通り判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 石井玄)

〔別紙〕訴状

請求の趣旨

被告(農林大臣赤城宗徳)が昭和三十二年九月二十日附で原告に対してした中央卸売市場法第十条ノ六第二項第三号の規定による原告の東京都中央卸売市場神田分場青果部及び漬物部における卸売の業務の許可を取消す旨の行政処分(農林省指令三二農経第五五三〇号)はこれを取消す旨の判決を求める。

請求の原因

一、原告会社は、昭和二十二年十一月二十一日、青果物及びその、加工品の売買及び販売の受託等を目的として設立せられ、当初資本金三百万円であつたが、数回に亘つて増資の結果、現在資本金四千万円である。

そして、改正中央卸売市場法(昭和二十二年十二月二十二日法律第百二十三号)が昭和二十三年一月一日に施行せられると共に原告会社は同法第十条によつて東京中央卸売市場神田分場に於ける青果物及び漬物部の卸売業者として農林大臣より許可をうけ爾来、右業務を継続してきたものである。ところが、昭和三十二年九月二十日請求の趣旨記載の如く農林大臣は原告会社が右卸売業務を継続して行うに足る資力及び信用を欠くものとの理由に基き同法第十条ノ六第二項第三号によつて右業務許可取消の行政処分をしたものである。

二、しかれども、農林大臣の右認定は誤つており、業務許可の取消は著しく不当である。その理由左の如し。

(一) 原告は昭和三十二年七月二十三日原告振出にかかる小切手につき資金不足のため不渡を出し、営業継続に支障を来たしたため同年八月一日監督官庁たる東京都知事より同月末日迄業務停止を命ぜられ、この停止期間は更に同年九月二十日迄延長せられて遂に業務許可取消となつたものである。

(二) そして、原告会社の財産状態は昭和三十二年三月三十一日の第十期決算に於て、

資産の部

現金       一一、八六九、七八二円

預金       三九、八七一、七三五円

受取手形      九、二三三、九二八円

売掛金      六三、三〇六、九七七円

棚卸資産      九、一一八、四八七円

前渡金      六三、〇四〇、〇五四円

その他流動資産   九、一九四、八九八円

建物及什器     九、五九五、三七八円

有価証券      五、二四五、〇〇〇円

貸付金       四、一九七、四七五円

旧主管人勘定   五五、三六〇、四九二円

投資不動産    六六、一二五、一四六円

差入保証金     二、二〇七、三四四円

その他固定資産   一、一八〇、四一六円

合計      三四九、五四七、一一二円

負債の部

支払手形     四〇、四九四、九八〇円

受託販売未払金  四九、六三二、九七〇円

買掛金      一三、六四四、二〇五円

短期借入金    七一、一一六、〇二六円

前受金      四六、九七三、〇二〇円

その他流動負債   九、九四四、一〇四円

長期借入金   二一四、五一九、七五四円

保証預り金       九五〇、〇〇〇円

その他固定負債   三、六六九、二六三円

合計      四五〇、九四四、三二二円

差引債務超過額 一〇一、三九七、二一〇円

であつて、右業務停止当時も総額に於ては大差ないが、受託販売未払金が約八千万円余となつていた。

(三) ところで、原告がかかる欠損金を生ずるに至つた原因は、(イ)昭和二十二年乃至二十四年の間、政府の食糧対策として蔬菜統制が行われていたが、統制に伴う宿命悪たる闇取引が横行していた。しかるに、東京都としては中央卸売市場の手によつて都民に必要な青果物の最低量を集荷し確保する至上命令があり、その実行部隊として原告会社等数社の卸売業者が担当することとなつた。しかし右の如き状況であるため責任集荷は文字通り出血集荷となつた。事実上の闇値により集荷したものを公定価格で販売するの結果となり剰へ、集荷のため職員の出張費用等も莫大に要し、右期間内に約金二千九百万円の欠損を生じた。(ロ)ついで、取扱高の増嵩と共に売場及び事務所の拡張、設備費を多額に要し、その間、朝鮮動乱後のデフレによつて原告会社の業務を代行していた主管人への前渡金の大部分が回収不能となり市場行政の不手際もあつて欠損金は漸増する状態であつた。(ハ)その結果、会社は資金難に陥り昭和二十六年三月二十八日勧銀、千葉、富士の三銀行による協調融資によつてこれを切抜けんとしたが融資額金二千万円にすぎぬため、不足額を個人借入に依存した。かくて、これらの金利負担のため欠損金は漸増する一途となつたのである。(ニ)そして、最後に昭和三十二年七月に入るや原告会社の内容危しとの風評を立てられ、個人債権者及び販売委託者たる生産者側より債権の一斉取立をうけ遂に不渡を出すに至つた。(ホ)これに追打をかける如く東京都より業務停止を命ぜられ、事態を益々混乱の一途に追いやられたのである。

(四) しかし乍ら、原告会社としては、諸種の欠陥を是正しつつあつたので業務の継続さへ認められれば右の如き欠損金は容易にこれを補填し会社の甦生を図ることができたのである。即ち、(イ)原告会社の青果物取扱額は月額約二億円、年額約二十四億円であつて、その取扱手数料として東京都知事の承認を得た率は、蔬菜一〇%、果実八%であるから年間約二億円の総益は確定的不動の数字である。蓋し、東京都民の年間に消費する青果物は人口の増加と共に漸増するもので減少する虞れなく、東京中央卸売市場神田分場の集荷額は年間百二十億円以上で神田分場の卸売業者は原告会社の他五社、原告はその二位又は三位にあるので将来共右数字を下廻ることはあり得ないからである。しかも、卸売業者は生産者の委託によつて卸売を行い所定の取扱手数料を得るものであつて、通常の商取引の如く、相場の変動、商品の腐敗、ストツク等による危険も全く負担しないからである。(ロ)従つて、前示の如き各種借入金の支払猶予及び金利の減免をうれば年間一億円の黒字に転ずることは容易である。そこで、原告は昭和三十二年五月頃より銀行その他の債権者に対しその旨の交渉を始め、同年七月頃には大体の諒解点にこぎつけていたのである。ところが、個人債権者中の大部分を占める仲買人、即ち原告の行う卸売の買主側は前示の如くこれに応ぜず一斉取立の挙に出で、剰へ、原告が同人等より支払をうけて生産者に支払うべき卸売代金債権(所謂仕切金)と相殺するという暴挙に出たため忽ちにして原告は生産者に対する仕切金の支払に窮することになつたのである。元来、仕切金と貸付金との相殺は市場行政の建前からも不当であるとされ、法律的にも債権債務が対立関係にあるや否やは疑問である。従つて、卸売業者及び仲買人の双方に対し監督権ある東京都中央卸売市場課としては監督権の発動によつてかかる暴挙を未然に防止すべきであつたに拘らずこれを黙視しているが、今日に於ても仲買人をして仕切金を支払はしめる措置を講じうる筈である。(ハ)ついで、経費の節減も東京都の市場行政の協力を得れば大巾に可能である。即ち、経費中巨額をしめるものは生産者への出荷奨励金及び仲買人団体への買掛代金完納奨励金を全廃することである。これは、一種のリベートであつて、卸売業者が前述の平均九%の取扱手数料中から委託者及び仲買人へかかるリベートをすることは経営を不健全ならしめるものである。しかして、このリベート発生の根本原因は卸売業者間の激甚な集荷競争と、唯一の買主である仲買人団体の圧力にある。従つて、監督官庁に於て市場行政権の発動によつてかかる不当なリベートの是正をはかることは決して至難ではない。そして、不当競争が是正されればこれに伴い原告会社の人件費の節約その他の経費の節減をも図りうるのである。(ニ)かように経営の合理化を図る一策として原告会社は昭和三十二年五月頃より同業の東印東京青果株式会社と合併せんとし同社とも協議を続けていたのである。

以上の諸施策を推進すれば原告会社の甦生は決して至難ではなかつた。

(五) そこで、原告会社は業務停止命令をうけて後、東京都中央卸売市場長及び農林省農林経済局長に対して右の実情を上申説明し、更に、(イ)原告会社の如き卸売業者は中央卸売市場の開設と共に無より有を生ぜし如く発生し、経営してきたものでなく、実は中央卸売市場開設前に、民間の個人又は法人として父祖伝来の職業として青果物卸売問屋を自由営業してきた数十、数百の業者が同法の施行、中央卸売市場の開設に伴つて合併し原告会社他数社の荷受機関を創立したものである。さらば、法人格自体は会社創立によつて取得したものであるが、その実体たる業務の内容、換言すれば得意先とか業務運僧の技術とか信用とかは全く彼等多数の民間卸売問屋の父祖伝来のそれがうけつがれたものである。しかも、原告会社の創立により彼等は会社の役職員として業務に携つた関係で厘毛の補償をもうけていない。もしそれ、原告が一片の業務許可取消命令によつて廃業のやむなきに至れば彼等は全く無補償で父祖伝来の職を奪われることとなる。(ロ)次に、原告会社の業務許可が取消されんか従来原告が使用していた場内卸売場三三〇坪(但し道路通路を含む有効面積七一一坪)、事務所二四五坪、倉庫一〇〇坪はいづれも市場開設者たる東京都の管理場所として無償で取上げられる。しかし、現実には原告はこれら場所内の施設費として過去十年余りに数千万円の資金を投じてきているに拘らずこれが補償をうけるの途なく、又、事実問題としてこれら市場内における売場等の場所的権利が坪当五十万円乃至百万円で売買取引され、東京都も事実上これを認めてそれに副う行政措置をとつているのが過去の実情である。しかるに、原告会社に対してのみ一片の業務許可取消によつて、原告が実際有していた数億円の資産を無に帰せしめる結果となり、いかにも不当である。(ハ)最後に原告会社の業務許可が取消されるときは殆んど無資産に帰するに拘らず、負債面では従業員への未払給料や退職金、生産者への未払仕切金債務等が残存しこれを支払う途なきに至るし、従業員百数十名も路頭に迷うことになるのである。その反面、原告から無償で取上げた前示売場その他の営業場所は他の卸売業者に対し再配分され、それに伴つて原告の従来の青果物取扱実績も彼等が承継することとなるが、それ等が無償で行われる限り他の卸売業者は不当に巨額の反射的利益をうけることになり、実質においては原告の損失においてかかる利益が与えられるのである、等の事由で業務許可取消の如きは著しく不当である所以を強調したのである。

その結果、農林省農林経済局長渡辺伍良氏は許可取消は妥当ならずとの反対意見であつたが、直接の監督者たる東京都中央卸売市場長飯田逸次郎氏が強硬に許可取消を主張し、原告会社の仕切金債務、従業員の未払給料債務その他の債務については原告会社の役員が私財を提供して不足する場合には農林省及び東京都に於て責任を以て解決するという条件で遂に業務許可取消となつた。

(六) かくて、原告会社は右の如き各種債務について農林省及び東京都に於て責任を以て解決してくれる以上、業務許可取消についてあく迄争うことは今日の事態を惹起した責任者として妥当に非ずと考へ、その後、専ら両当局に対し右言明通り仕切金債務等の解決方を期待し、屡々、その促進方を上申し、嘆願して今日に至つたのである。

しかるにも拘らず、両当局の言明に反し事態は全く進展せず仕切金債務等支払の見透しも全く絶望に立至つた。

三、本件は訴願提起の法定期間を経過しているが、それは左の理由によるものであつて、訴願法第八条第三項に所謂「宥恕スベキ事由」ある場合に該当する。即ち

(一) 原告は昭和三十二年八月一日東京都より業務停止命令をうけるや直に事態の収集整理に専念し、爾来、連日の如く重役会、株主総会、債権者集会等を開催するは固より個別的にも関係者と折衝を続け、(イ)同年八月二十一日には第一回整理案として、業務再開と同時に仕切金債務の五割を、残余の五割及びその他の債務を二ケ年内に支払うべき旨提案したが一部債権者の反対で成立に至らず、(2) ついで債権者、仲買人、会社側より数名宛選出せる委員を以て丸東対策委員会が組織せられて打開策が検討され、(3) 同年八月二十九日には商法に基く会社整理の申立をすると共に整理開始決定前の保全命令の発布をうけ、(4) 同年九月十四日には第二回整理案として業務再開と同時に仕切金債務の三割を同年年度末迄に更に三割を、残余の四割及びその他の債務を二ケ年内に支払うべき旨提案し、これを東京都に提出したが、都では内容の検討もなさず翌々十六日に承認できずとして却下し、(5) 同年九月十九日には農林省に於て業務許可の取消をなすべきや否やの聴問会が開かれ、原告会社役員が出席し前記屡述の事情を述べ業務取消の不可なる所以を強調したところ、飯田市場長の強硬な反対意見があり、遂に翌二十日許可取消となつたのである。

(二) しかして、最高監督官たる渡辺農林経済局長は原告の主張に対しその合理性を認められ、飯田市場長の許可取消意見に反対であつた。そこで、両意見の調整妥協をはかる趣旨で渡辺局長より業務許可取消がなされた場合は、原告会社の債務につき農林省及び東京都に於て責任を以て処理する旨の言明がなされた。

かくて、翌二十日正式に許可取消を命ぜられ、これと共に飯田市場長が中心となつて原告の有せし売場その他の営業場所を他の荷受機関及び仲買人に対し再配分を行い、これらの者より何等かの名目で資金の拠出を求めて原告会社の債務処理の資源にあてるべく、右関係者との間に交渉がなされることになつたのである。

(三) その後、右関係者間に於て種々な具体案が提出され、協議検討されていたもので、渡辺局長及び飯田市場長も再三にわたり参議院農林水産委員会でその経過を報告し、必ず当初言明の通り実現すべく、実現できないということは考へていないと説明されたのである。

原告も再三にわたり両当局及び参議院農林水産委員会に対し本件業務許可の取消は著しく不当なるも右両当局に於て原告の債務に責任を以て当るとの言明を信頼し、不服申立の挙に出ないものであるから可急的速やかに実行せられたい、若し余りに遷延せられるようならば本件業務許可取消を撤回され、原告に対し再許可されれば前記事由によつて充分に債務を整理し再建するの確信ある旨申出たのである。しかし、両当局は近く解決できる、実現不能は考へていないの一点張りであるので原告も極力これを期待して今日に及んだのである。ところが、最近に至り他の荷受機関、仲買人等から原告の旧営業場は東京都より配分をうけたもので、原告から直接貰つたものでないから原告の旧債整理のため資金を拠出する理由がないと主張するに至つた。

(四) ここで、原告は始めて、農林省及び東京都の責任処理の言明は全く希望なきことを知るに至つた。かくては、最初の方針通り今回の業務許可取消の不当なる所以を抗争せざるを得ないことが明確となつたのである。今迄、訴願を差控へたのは一に農林省と東京都当局者の言明を信じその実現を待つていたからに他ならないのである。かかる事情こそ訴願法第八条第三項にいう「宥恕スベキ事情」に該当するものといわねばならない。

(五) 尚、今日事実の経過を省るに、原告会社の整理再建は大多数の債権者の協力によつて充分可能であつたに拘らず、一部僅少債権者の反対意見、飯田市場長が整理案に対し検討もなされず却下し強硬な取消意見を主張されし事実、原告の旧売場等が残存業者に再配分せられる迄はこれによつて原告の旧債処理は必ず実現される如き言動が繰返され乍ら再配分後三、四ケ月を経るや手掌を返す如くこれが否定されるに至つた事実等を勘案するとき、本件許可取消については、当社の旧売場等の再配分をうけ莫大な利益をうける残存業者と監督官庁との間に当初より何等かの話合い乃至は黙契があつたのではないかとの憶測が充分に成立つのである。若しそれ、かくの如き醜関係によつて市場行政が左右されるとせば由々しき問題である。

四、それ故、原告は右事情を理由として昭和三十三年九月十五日農林大臣に対し右行政処分取消の訴願を提起したのである。しかし乍ら、行政訴訟の提起は処分の日より一年内との除斥期間の定めがあり、かつ、正当な事由があるときは訴願の裁決を経ないで訴を提起することができる。ところが前記事情にある本件に於ては、訴願裁決庁は処分庁自身であり、しかも、自ら処分の際の言明を裏切り結果的に原告を欺岡して訴願及び行政訴訟の出訴期間を徒過せしめたものであるから、右にいう正当な事由に該当するものである。よつて、ここに、右行政処分の取消を求めるため本訴に及んだ次第である。

〔別紙〕答弁書

本案前の申立

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

理由

原告は本訴において、被告が昭和三十二年九月二十日付で原告に対してした中央卸売市場法第十条ノ六第二項第三号の規定による原告の東京都中央卸売市場神田分場青果部及び漬物部における卸売の業務の許可を取り消す旨の行政処分の取消を求めておられるが、原告は、右処分を不服として昭和三十年九月十六日(訴状請求の原因第四項に昭和三十三年九月十五日とあるのは誤りである。)に被告に対して訴願をした。これに対し、被告は、原告の訴願が訴願法第八条第一項に規定する訴願期間を経過しておりしかもこのことにつき何ら宥恕すべき事由が認められないので、昭和三十三年九月二十九日これを不適法として却下したものである。

しかして、行政事件訴訟特例法第二条によると、行政庁の違法な処分の取消又は変更を求める訴は、その処分に対し法令の規定により訴願のできる場合には、これに対する裁決を経た後でなければ提起することができないとされていて、しかもこの裁決は訴願期間を経過した不適法な訴願を却下する裁決を含まないものと解するのが相当であるから(最高裁昭和二八年(オ)第二五一号昭和三〇年一月二八日第二小法廷云渡、判決最高裁民事判例集九巻一号六〇頁参照)、本訴は同条のいわゆる訴願の裁決を経ることなくして提起された不適法な訴であつて、到底却下を免れないものというべきである。

本案の答弁

請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因に対する答弁

第一、訴状請求原因事実の認否

第一項第一段 認める。但し当初資本金は二百万円であつた。

第二段 認める。但し原告が東京都中央卸売市場神田分場青果部及び漬物部における卸売の業務の許可を受けたのは、果実部については昭和二十三年十月二十六日蔬菜部については同二十四年四月一日、漬物部については同二十五年六月一日であり、(後に果実部と蔬菜部とを統合して青果部となつた。)許可をしたのは農林大臣ではなくて東京都知事である。

第二項 争う。

(一) 認める。但し、東京都知事は昭和三十二年七月三十一日に同年八月二日から同月三十一日までの間の業務停止を行い、更に同年八月三十一日に同年九月一日から同月二十日までの間の業務停止を行つたものである。

(二) 昭和三十二年三月三十一日の第十期決算表の「資産の部」のうち、「棚卸資産」、「建物及什器」、「有価証券」及び「旧主管人勘定」並びに「負債の部」のうち、「保証預り金」及び「その他固定負債」の各科目の金額が原告主張のとおりであることは認めるが、他は否認する。

(三)(イ)のうち、責任集荷が出血集荷となつたこと、事実上の闇値により集荷したものを公定価格で販売するの結果となつたこと、集荷のため職員の出張費用等を莫大に要したこと及び右統制期間中金二千九百万円の欠損を生じたことは不知。他は認める。

(ロ)、(ハ)不知。

(ニ) 生産者側より債権の一斉取立を受けたことは、不知。その他は認める。

(ホ) 争う。

(四) 争う。

(イ)のうち取扱手数料の率が原告主張のとおりであること、東京都民の年間の消費青果物が人口の増加と共に漸増すること、神田分場の卸売業者が原告会社の他五社であることは認める。他は争う。

(ロ) 原告が昭和三十二年五月頃から銀行その他の債権者に対し交渉を始め、同年七月頃には大体の諒解点にこぎつけていたことは不知。仲買人が一斉取立を行い、これによつて原告が生産者に対する仕切金の支払に窮するに至つた事実は認めるが、仕切金と貸付金の相殺を行つたことは不知。

(ハ) 生産者への出荷奨励金及び仲買人団体への完納奨励金が卸売業者の取扱手数料から委託者及び仲買人へ支払われるリベートであつて、これが卸売業者の経費中に含まれることは認める。その他は争う。

(ニ) 不知。

(五) 東京都知事による業務停止後、許可取消に至るまでに原告からおおむね訴状請求の原因第二項(三)記載の事実の説明があつたことは認めるが、(イ)、(ロ)及び(ハ)のような事由で業務許可取消が不当であるとの主張が行われたこと、農林省農林経済局長渡辺伍良が許可取消は妥当でないという意見であつたこと、東京都中央卸売市場長飯田逸治郎が強硬に許可取消を主張したこと及び原告会社の債務については原告の役員が私財を提供して不足する場合には農林省及び東京都において責任を以て解決することが許可取消の条件となつていたことは否認する。

(六) 原告がその主張のように業務許可取消について争うことは妥当に非ずと考えたことは不知。原告が仕切金債務等の解決方を期待し、その促進方を被告に対して上申したことは認める。その他は争う。

第三項 争う。

(一) (1) 、(2) 不知。(3) 認める。(4) 不知。(5) 九月十九日に農林省において聴聞会が開かれ、九月二十日に許可取消を行つたことは認めるが、右聴聞会において原告会社役員が取消の不可なる所以を強調したこと及び飯田市場長の強硬な反対意見があつたことは否認する。

(二) 第一段 渡辺農林経済局長が、許可取消の行われた場合に原告会社の債務につき原告会社の役員が私財を提供して不足するときはその一部(出荷未払金及び従業員の給料等)につき農林省及び東京都が責任をもつて処理する旨の言明を行つたことは認めるが、その他は否認する。

第二段 東京都が、原告の使用していた売場その他の営業場所の再配分及び原告会社の債務処理のための資金拠出に係る交渉を他の荷受会社に対して行つたことは認めるが仲買人に対してこれらのことを行つたことはない。

(三) 第一段 認める。

第二段 原告から再三にわたり原告の債務処理に責任をもつて当るとの言明どおり速かに処理されたい旨の、また、もしこれが困難な場合は原告に対する業務許可取消を取り消して再許可すれば債務を整理して再建する確信がある旨の申し出があつたことは認めるが、その他は否認する。

(四) 原告主張のような事情があつたことは不知。かりにそのような事情があつたとしてもそれは訴願法にいわゆる「宥恕すべき事由」には該当しない。

(五) 争う。

第四項 原告が訴状請求原因記載のような事情を理由として昭和三十三年九月十六日(九月十五日とあるのは誤り。)に農林大臣に対し業務許可取消処分の取消の訴願を提起したことは認めるが、その他は争う。

第二、被告の主張

一、本件業務許可取消処分は以下に述べる事情を綜合的に判断した上で原告が中央卸売市場法第十条ノ六第二項第三号の「当該卸売ノ業務ヲ為スニ足ル資力信用ヲ欠クニ至リタルトキ」に該当するに至つたものとして行つたものであつて適法正当の処分である。

(イ) 債務の超過

昭和三十二年七月三十一日現在の原告作成の貸借対照表によれば、総資産額三一〇、九九七、七九五円、総負債額五一六、〇六五、二二〇円五八銭、差引債務超過額二〇五、〇六七、四二五円五八銭であり、払込済資本金四千万円の五倍以上の債務超過となつている。なお昭和三十二年六月二十九日から七月三日までの間農林省が行つた検査によれば、原告の資産中には約八九、四四〇、〇〇〇円の不良資産があり、原告の真実の財産状態は右の原告作成の貸借対照表よりも悪化していると認められた。

(ロ) 支払能力の低下

右貸借対照表によれば資産及び負債の構成は次のとおりであつて流動負債は流動資産の三倍に近く、支払能力の低下を来しており、昭和三十二年七月に至り債権者からの取立に会い、同月二十三日に不渡手形を出すに至つた。

流動資金一〇三、一四二、五九八円、流動負債三〇〇、〇八九、七八三円五八銭

固定資産二〇七、八五五、一四五円、固定負債二一五、九七五、四三七円

(ハ) 回復能力の欠如

原告の各期末決算によれば、第四期(昭和二十五年四月一日から昭和二十六年三月三十一日まで)以来毎期欠損金を計上しており、この間第七期(昭和二十八年四月一日から昭和二十九年三月三十一日まで)、第八期(昭和二十九年四月一日から昭和三十年三月三十一日まで)及び第九期(昭和三十年四月一日から昭和三十一年三月三十一日まで)の各期決算について東京都が行つた監査並びに第十期(三十一年四月一日から三十二年三月三十一日まで)決算について農林省が行つた検査において原告の財産状態の悪化を指摘し、経営改善ないし再建の方策を確立して実施するよう勧告したにかかわらず、財産状態は悪化の一途をたどり、遂に昭和三十二年七月三十一日売買仕切金の支払をしないことを理由として東京都知事から業務停止処分を受けるに至つたが、その後九月二十日の許可取消に至るまでの間に具体的な基礎を有する再建計画を何等立てることができなかつた。

二、原告は、請求の原因第二項において本件処分が誤りであり、著しく不当なものであることを屡々主張されるが、そのうち(二)第十期決算の結果に関する部分以外は、本件処分の適否の決定とは直接関係がない事項であるから、原告の主張はすべて失当である。

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